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大きく。

150kmの直球を投げられるピッチャーが、
変化球でかわして結果を残してもなんだか寂しい。
小さくまとまってしまった気がするし、
誰もが憧れて、一部の人にしかない特別な才能があるのに、
それを殺してしまっている気がするから。

若手のころのダルビッシュ投手に対しても、
そんなことを野球解説者の誰かが言ってた気がする。

「人にはないもの」をもっているということは特別なことだと思う。
だから、それを殺してしまうというのはとても残念なこと。

私は、実務修習中に超理不尽に怒られることがありました。
これまでの人生でも定期的に超理不尽な説教を受けてきました。

で、見かねた同期とかいろいろな人がアドバイスをくれるんです。
そういう風に怒られたりしない方法っていうか。
具体的には、もう少し「裏表」をもったら?的なことを言われました。
そう言われて考えてみると、一理あるのです。
たぶん、私に怒ってくる人は、
なんかイライラしてたりしてとりあえず説教
→でも私は別に気にした様子がない
→ストレス発散にならなくてもっとイライラしてもっとキレる
みたいな感じになるんでしょうね。

確かに、小手先の嘘でごまかせば多少はそんな理不尽な目にあうこともないんでしょう。
実際にうまいこと立ちまわる人もいて、「なるほどなー」と思ったこともありますし。

でもなんかちがうんだなー。
自分が150km投げられるピッチャーほど特別な人間だとも思ってないし、
うまいこと立ちまわる人を軽蔑するようなことも決してないけど。

今、怒られたりするのが嫌だから、それを避けるためにちょっと演技したりする、
っていうのはなんか小手先だと思うし、
それをやったら普通の人と同じっていうか。
自分が相手をイライラさせたりして、他の人にも迷惑をかける、
とかそういう事態になったら、さすがに私も周りの人のためにもちゃんとしないと、
とは思うんですけど。
そうじゃなくて、ただ自分が怒られるだけなら、
そういう目先のことを避けるためだけに大切な自分の長所をなくすことになるんじゃないかと。

なんか「普通の人」になってしまって小さくまとまってしまう気がするんです。
だから、変わらずに行こうかなーと思っている今日このごろ。

ただ、あんまり頑固になってもいかんので、そのへんは柔軟にということと、
やっぱり他人に迷惑をかけてまで自分を貫くのは嫌なので、
そのへんも肝に銘じつつ。
しっかりと柔軟に、でも迎合せずに。
がんばっていこうと思ってます。
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