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トリガー

私の知っているある人物は、いつも
「私があんなことを言ってしまったから、あの人があんなふうになってしまった。」
「私があのときちゃんと話していたら、あの人はあんなふうにならなかったかもしれない。」
そんなことばかり言っています。

しかし、私はそんな思いには懐疑的です。

言葉というのはトリガー、「引き金」だと思います。
そしてそれは、たかが引き金、されど引き金。

冒頭の人物に言葉をかけるのであれば、
「あなたはなんて、おこがましいのですか。」
だって、一つの言葉、それだけで変わるほど人の人生って軽くないんじゃないですか。
もちろん、一つの言葉で大きく人生が変わることはあるでしょう。
でもそれは、やっぱり「引き金」に過ぎないと思います。
引き金を引いたって弾が入ってなければ発射できないように、
同じ言葉をかけたって、心が動く人もいれば動かない人がいる。
心が動く人は、きっと、今までのいろいろな経験や思いが積み重なっていた状態。
いわば、弾が入っていて、あとは引き金を引くだけの状態、
そんな感じなんだと思います。

だから、自分の言った言葉で人が悪く変わってしまった、なんてのは違うと思う。
あなたが言わなくったって、どこか別のところで「引き金」は引かれたんじゃないでしょうか。
そんなわけで、自分の一言に気を病む必要なんてない。
戻せない過去を嘆くくらいなら、もっと素敵な言葉をその人に、
あるいは別の人に、かけられるように努力をするべきだと思う。

さて、ここまでは「たかが引き金」。
ここからは「されど引き金」。

「たかが引き金」とは言ったって、当然「引き金」を引かなければ発射できないわけで。
そう考えると「引き金」だってとても大切なこと。
だから、どうせ自分が言ったって、言わなくたって、何も変わらない、
そんなんじゃなくて、その人にとってのよい「引き金」となるように、
やっぱりちゃんと思いは伝えるべきなんだと思う。
言わなくたって伝わるなんていうのは甘え。
ちゃんと言わなきゃ。
だけど、言っておけばいいってもんでもない。
思いが伴わないのであれば、そんな言葉に価値はない。

そんなわけで、もっと言葉の力を信じたいとも思うし、
だからといって思いのこもっていない言葉を言うのも違う。
難しいですね、とっても。
いかにももっともらしいこと書いてきましたが、
悪い方向に行ってしまったら「たかが引き金」
良い方向にいったら「されど引き金」
そんなふうに都合よく考えているだけの私の人生観でした(笑)。

追伸
なぜ今日この記事を書いたかというと、今日が3月11日だからです。
私は当初テレビで見ただけで「かわいそう」と思い、
軽々しく「がんばれ東北!」なんて言っていましたが、
その後実際にボランティアで現地を訪れ、
いかに自分の言葉が軽率で、おこがましいものかと思いました。
何もわからない第三者が外から「がんばれ!」なんていうのはどうなんだ、と。
ただ、それでもやはり、言葉というのは大切なのでは、
そんなことを思っているのが今の自分です。
そんなわけで、今日、言葉と思いについての記事を書こうかなと思いました。
2年がたちましたが、私の胸にはまだまだいろいろな思いがあります。
無責任な言葉になってしまうかもしれませんが、
被災地の環境だけでなく被災者の方の心も「復興」される日が来ることをお祈りしています。
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