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ひとつひとつ

今日という日に、被災地とは特段の縁もない私がブログを更新して
何かを発信するのは、なんだか便乗しているような気もして、
若干気がひけたりします。
でも、書いておきたいことがあるときは書く、というスタンスを貫き、
書くことにしようと思います。

今朝、「そういえば今日か、もう3年か」などと思いながら、
いつものように新聞を読んでいました。
当然3年前の3月11日のことが書いてあるわけです。
読んでいてとても悲しい気持ちになりました。
ただ、一つ思うことは、そこに書かれていたことは、
決して記事になるような特別のことではなく、
多くの方にとってあの日にあった出来事なんだと思います。

記事の人のことについては新聞が取り上げたかもしれませんが、
記事にならなかったけれど、亡くなった人の数だけ、
記事に書かれていたような話がきっとあったんだろうな、
とそんなことを思いました。

正直私には被災者の方の気持ちはわかりません。
だって、自分が体験したわけではないですから。
それを偉そうに復興だなんだとか、
元気出せとか、そういうことを言うことにも、とても違和感を感じています。
だから私は何も言いません。
ただ、困った人がいたら助けてあげたいと思うし、
その人のために何とかしてあげたい、
そういう気持ちはいつも持っています。

あとは、自分が何をしたらいいか、
正直そういったこともわかりません。
復興につながる何かをする、ということは大切だと思います。
具体的に今何が、ということは正直わかりません。
ボランティアをしてあげた、という自己満足に終わるだけな気もしますし。

「長々書いてきてなんなんだ」とういうことですが、
結局は、私にはよくわからない、ということです。
無責任に聞こえるかもしれませんが、
知ったかぶりして元気出せとか、気持ちがわかりますとか、
そんなことは言えません。
だから、わからない。
ただ、わからないならきっと、今すべきことをするのが大切だ、
と、そう思っています。
目の前のことに一つ一つ一生懸命に取り組み、
毎日を精いっぱい生きる。

もちろん自分にできることを見つけ、そのために努力もしたいと思っていますが、
まずは、今日を生きたかった人たちの分までとにかく一生懸命に生きる、
そんなことを思っています。

最近思うことは、「答えを出す」ということがすべてではないと、ということです。
わからないことは検索すれば答えがみられるような時代ですが、
「わからない、でも一生懸命頑張る」
そういう結論だっていいんじゃないでしょうか。
生きていれば答えを求められることばかりですが、
答えがわからなくたっていいじゃない、そんなことを思っています。
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