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大人になるということは

さて、御無沙汰しております。
「大人になる」ということは、どういうことなのでしょうか。
20歳を超え、社会人となり、形としては「大人になった」人たちの多くはきっと、
私と同様、大人って大したことない、ってことには気づいていることでしょう。
小学生や中学生のころは、大人になったらもっといろいろなことができて、
もっとしっかりした人間になれる、そんな風に思っていました。
だから、教師とか親とかが、自分勝手なことをしたり、
自分勝手な発言をしていると、「大人のくせに」なんて思っていました。
ただ、今大人になって、教師や親の気持ちがとてもよくわかります。
そんなもんだよなあって。
「大人とはこういうものだ」なんて思い描いていた小学生や中学生のころから
何か成長しているかと言われれば、特に何も変わってないです。
そのまま年だけ重ねて、「大人として振る舞わなければならない」、そうなっただけです。
のしかかる「責任」に「気持ち」が追い付いていない、というかね。
そんなわけで、大人になるって大変だよなぁって思いつつ。
でも、やるしかないよなぁ、なんて思いも抱えて、
毎日何とかやっています。

前置きが長くなりましたが、最近読み返しているある漫画のお話を。
それは「ダイの大冒険」です。
私がちいさいころ、母がどこからか買って来てくれました。
連載期間がとても長く、子供のころは飽きっぽいこともあり、
途中で読むのをやめたこともありましたが、結局全巻集めました。
その後、いったん古本屋に売ってしまいましたが、
また全巻集めて、今も家にあります。

最初に夢中になったのは小学生のころ。
主人公のダイが強くて、かっこいーと思っていました。
同世代の人にはわかると思いますが、
傘でアバンストラッシュとか、細長い棒を見つけてはブラッディースクライドだとか、
指をカクカクさせた感じで 闘魔傀儡掌とか、
そんなことをやっていました。
手元に単行本がないので、確認できないのですが、
何巻かの巻末の記事で「ダイの大冒険はポップの成長物語である」
というものがありました。
ちなみに「ポップ」というのは主人公ダイの相棒ともいえる存在で、
非力な魔法使いです。
ダイは才能も有り、最初からかなり強い存在で、血筋的にもサラブレッド。天才です。
一方のポップは、(ふつうに考えたら天才なんだけども)臆病な凡人として描かれています。
当時も記事を読んだんですが、「ポップの成長物語」ということには正直ピンときませんでした。
今も記事の内容は細かく覚えていないのですが、「ダイの大冒険はポップの成長物語である」
というフレーズだけは頭に残っています。

そして、今、まだ読み始めたばかりですが、
何度も読んだ漫画なのでストーリーは覚えています。
思い返すと、確かにポップの成長物語、というのはその通りだなと思います。
そして、今グッとくるのはいずれもポップのシーンです。
臆病な凡人が最後には、最も頼りになる仲間となる。
そして、この物語はポップの人間的な成長をしっかりと描いています。
私も今では、ダイではなくポップに感情移入をするようになりました。
ワンピースを読んでも、連載開始当初の「ウソップなんて弱いしかっこ悪いし、
いらないっしょ」と言った思いは全くありません。
ドラゴンボールでも、ヤムチャさんの偉大さをわかるようになりました(笑)。
「自分は特別な天才だ」、小さいころは誰もが思うこと。
それが大人になっていく過程で「そうではない」ということに気づきます。
そして、ポップのような人間に感情移入するようになります。

大人になるということは、どういうことなのでしょう。
1つ思いつくことは、挫折を知ってもそれでも、自分なりに精いっぱい頑張る、
そういうことなのかな、と漠然と思っています。
同じ物語を読んでいても、感じ方が変わってきました。
それはきっと、今までの人生でいろいろなことを経験し、
いろいろな方と出会ってきたからだと思っています。
正直、あの頃思い描いた「素晴らしい大人」にはなれていないと思います。
ただ、今の未熟でダメダメな自分でも、周りの人のありがたみを感じられたりとか、
弱い人に共感できるようになったりだとかで、
なんやかんや結構好きだったりします。
まあ、悪くはない人生を送れているかな、と思っています。
思い描いた通りにはいかなかったけれど、悪くはないかな、
と思える今日この頃は、きっと幸せなんだと思っています。
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