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当たり前のこと

某お笑い芸人さんが「あたりまえ~、あたりまえ~」なんてネタをやっていましたが、
「当たり前」のことこそ、実行が難しい。
そういうもんですね。

最近気になったニュースは、「指導死」にかかわるニュースです。
誤った進路指導で絶望して、というのがありましたね。
心が痛いです。

私は、少年事件などで、思春期の少年とかかわることがあります。
多くの事件では、逮捕から鑑別所、少年審判という過程で、
私なりにいろいろと工夫をしてコミュニケーションを重ね、
最終的には心を開いてもらっていると思います(勘違いでなければ)。

意識していることは、彼らの目線、立場に立ってものを見ることです。
はっきり言ってしまえば、大人になってしまえば、彼らの悩みの大半は
「大したことない」ものです。
クラスで人気者になれない人だって、
友達づきあいがうまくできない人だって、
勉強ができない人だって、
スポーツができない人だって、
正直、大人になってしまえばそれらのことはほとんど気にせず生きていけます。
だからこそ、少年・少女たちには、今が辛くても、逃げてもいいから、
しっかりと生きていってほしい、と願うばかりなのですが。

大学生の「ぼっち飯」(一人でご飯を食べていると友達がいないと思われるから嫌、というようなもの)
の話題で、大人のコメンテーターが「友達なんていなくたっていいじゃん」なんて
簡単にいうのを聞いていると、この人たちは軽率で「つまらない大人」だなぁ、と私は思います。

自分たちにとっては、どうでもいいことでも、その人にとっては重大で、大切なことがあるんです。
社会的に見たら、志望校に行けないことなど大したことない、といわれてしまうかもしれないし、
違った学校に行った方が意外と人生が拓けたりするもんだよ、なんて言えたりもするかもしれませんが、
今、まさにそれを一生懸命願い、そのためにとにかく努力している少年・少女に
そんなことが言えるでしょうか。

大切にしていることを「そんなこと」と一蹴される悲しみはきっと誰だって経験したことがると思います。
でも、反対の立場に立つとなぜそれを軽率にしてしまうのでしょうか。

私はいわゆるLGBTの依頼者の事件を扱った経験もありますが、
本名は自分の本当の性別とは異なる名前だから、本名で呼ばれることはつらい、と言っていました。
また、性別を○する欄に「男」か「女」しかないことが非常につらく、
毎回、何とも言えない気持ちになる、という話も聞きました。
親が一生懸命願いを込めて付けてくれた大切な名前とわかっていながら、
一方でその名前で呼ばれるのはつらい、と思ってしまうことは、
それ自体、なんともつらいものではないかと思います。

私がいつも思っていることは、所詮、他人は他人、相手の気持ちを本当に理解できるはずなどない、
ということです。
でも、だからこそ、理解をしようと努力したいといつも考えています。
また、軽率に「どうでもいいじゃん、そんなこと」なんて言わないようにしなきゃと思っています。

相手を思いやり、相手の立場に立って考える、それは当たり前のことだと思います。
でも、難しいですね。
「指導死」の話題に戻りますが、私自身も学生時代、教師の方々から
心無い言葉を数多く言われてきました。
割とタフな方だったからか、なんとかなって今に至り、
ストレス耐性ができたことでむしろ感謝しているくらいではありますが。
ただ、先生方に言いたいのは、思春期の少年・少女たちの気持ちをもう少し、
思いやってくれないものか、ということです。
もちろんそういった先生も多くいると思います。
ただ、正直、相手が子供だから上の立場の自分たちは何を言ってもいいとか、
子供だましが通じるなんて勘違いしている人もいると思います。

自分自身も折に触れ、相手の立場に立って考える、ということを
しっかりと意識し、努力していきたいなと思います。
また、少しでも「指導死」のような悲しいことがなくなるよう、願うばかりです。
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