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許し、許される。

毎クール1つ2つくらいドラマを見ています。
今クールは、弁護士もの2つと「ゆとりですがなにか」を見てました。
といっても弁護士ものの方は録画したままであんまり見ていないのですが。
今朝見たネットのニュースでは、「ゆとりですがなにか」の
松坂桃李さんの性教育の授業のシーンが感動的だと話題だった、
との記事がありました。
こういう風に書くと「感動的な性教育ってなんだよ」って感じになりますが、
感動的な部分は性教育というよりも、今後こういう大人になってね、
的な部分でした。

まあ、ざっくりいうと、大人たちみんな、年ばっかりとってしまって、
中身は全然成長していない、だからたくさん間違いもするよ、
君たちはそんな人たちを許せる大人になってね、的なお話でした。

前に何かしら書いているとは思いますが、
私自身、そのお話のとおりのことを前から思っていたので、
非常にしっくりきたものです。

子どものころは大人たちを見て
「大人なのにそんなことすんなよ。もっとちゃんとしろよ。」って思ってました。
また、自分は大人になる過程で自然と精神面も成長するものと思っていました。
でも、実際はそうじゃないんですよね。
大人になるとわかることですが。
中身は多分中学生くらいの頃から全然変わらず成長していない。
せいぜい「中二病」が治ったくらい(笑)。
中身はそのまま年ばっかとって、いつの間にか背負うべき責任ばかりが増えていく。
そんなかで、大人たちは不安なのです。
そして、逃げ出したい。
だから、たくさん失敗もするし、言い訳もする。

最近マスコミでたたかれている多くの有名人の人たちだって、
駄目だということはわかっている、
大人だから我慢すべきだということもわかっている、
でもやってしまうんでしょうね。
その人たち全員を許すべきだ、ということ言いたいのではないし、
許されない間違いもあると思いますが、
私は自分が過ちを全く犯さないようなできた人間でないことは自覚しているので、
間違いを許せる大人になりたいな、と思っています。
実際、しょうもないプライドにすがっている大人もよく見ますが、
怒るというよりは、「仕方ないやつだなぁ」と思いながら穏やかに見ています。

さて、ドラマの中の授業から私の中ではもう一歩進んでこう考えています。
「許せる人であり、許される人であれ」
ということです。
「許される人」の意味するところは、人間誰だって過ちを犯すし、
一生誰にも迷惑をかけない人なんていない、
だから、「迷惑をかけてはいけない」ではなくて、
「迷惑をかけてもいい。でも普段から周囲に思いやりをもって接し、
『いつもお世話になっているんだから、あの人のピンチには協力しなくちゃ』
そう思って許してもらえるような人間であれ」
ということです。

私は最近の世の中は、一度の間違いも許さないし、
人に迷惑をかけてはいけない、という風潮が強すぎると思っています。
私自身も小さいころからそういうものにさらされて育ってきました。
変にまじめだったりしたので、正直すごくしんどく、辛い思いもしてきました。
でも最近は「許し、許される人であれ」
そう思うようになり、少し心が楽になりました。
こんなゆるいんじゃ世の中から怒られてしまいそうですが、
私はそれでいいんじゃないかなーなんて思っています。
失敗したら「ごめんね」って謝って、許してもらえばいいんですよ。
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